Things I Didn't Know

ミュージカルが好き。歌とダンスと物語が好き。定期的にソウルへ行きます。

【観劇感想】『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』兵庫公演

2018年3月3日〜3月4日 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール

●アリソン…瀬奈じゅん
●ブルース…吉原光夫
●大学生のアリソン…大原櫻子
●ヘレン…紺野まひる
●ロイ…上口耕平
ジョーン…横田美紀
●小学生のアリソン…笠井日向/龍 杏美
●クリスチャン…楢原嵩琉/若林大空
●ジョン…阿部稜平/大河原爽介

 

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ミュージカル『ファン・ホーム』は、アメリカの漫画家アリソン・ベクダルのノンフィクション・コミック『ファン・ホーム〜ある家族の悲喜劇〜』をもとに作られた作品です。このコミック、日本語翻訳版は長らく入手困難になっていたのですが、今回の日本版に合わせて新装版が発売されたため観劇前に読むことができました。舞台そのものも素晴らしかったですが、それをきっかけとしたこのコミックと出会いに感謝してます。アメリカでの漫画賞はもちろん日本においても文化庁メディア芸術祭漫画部門で優秀賞を受賞してはいますが、ミュージカルにならなければアメコミに馴染みのない私が手に取ることはなかったでしょう。またひとつ家宝が増えた、と思える作品でした。 

ファン・ホーム ~ある家族の悲喜劇〈新装版〉~ (ShoPro Books)

ファン・ホーム ~ある家族の悲喜劇〈新装版〉~ (ShoPro Books)

 

 ミュージカル版は2013年9月にオフ・ブロードウェイで開幕し、2015年4月にブロードウェイへ。トニー賞(2015年)で作品賞含む5部門を受賞しています。授賞式での《Ring of Keys》のパフォーマンスが強く印象に残っていたので、今回日本語で観ることができて本当に嬉しかったです。

 

あらすじ

主人公は43歳の女性漫画家。コミック『ファン・ホーム〜ある家族の悲喜劇〜』の作者であるアリソン・ベクダルその人だ。アリソンはペンシルベニア州の小さな町で生まれ、2人の弟たちと共に葬儀社(FUNERAL HOME=ファン・ホーム)を営む両親のもとで育った。家の修復に執拗なこだわりを見せる父・ブルースは、その厳しく独断的なふるまいによって母・ヘレンと衝突を繰り返している。大学生になり家を出たアリソンは自身がレズビアンであることを自覚し、両親にカミングアウト。アリソンは母から、父もまた同性愛者であることを告げられる。そしてその4ヶ月後、ブルースはトラックに撥ねられ死亡する。彼は自殺したのだと確信するアリソン。アリソンは自身の小学生時代から大学生時代まで、年代を行き来しながら自分と父親の人生に関するノンフィクション・コミックを描きあげていく。

 

◆ネタバレ感想

 

◆ 漫画だからこそ表現できるもの

小学生、大学生、40代と3人のアリソンが入り混じるミュージカル版。年代の境界が曖昧な原作とちがい、舞台は役者が演じるため、3つの年代にはっきりと区切られています。家族と共に生活し、ほのかな性のめざめを覚えた小学生時代。レズビアンとしての新しい始まりと父の死を経験した大学生時代。そして『ファン・ホーム』執筆中の43歳のアリソン。

原作を読んでいる時は意識しませんでしたが、ミュージカル版は“漫画家・アリソン”を語り手にしたことで、アリソンが漫画という表現手法を選ぶことに意味付けされている気がしました。ミュージカル版のフィナーレは、アリソンが父親の人生を描いた漫画を描き上げるところ。この漫画そのものが、アリソンが辿り着いた答えだったように思うのです。

私が原作で一番印象に残ったのは、アリソンと父・ブルースが並んで夕焼けを見るシーン。本の表紙にもこのシーンが使われています。2人が見た夕焼けの風景は、アリソンが拒否したドレスの色でもあるサーモンピンク、アリソンお気に入りのミッドナイトブルー、ブルースがアリソンの絵に描き加えたカナリア色の3色が溶け合っていました。ブルースはアリソンの絵に対し「ここはこの色で塗るべきだ」とメソッドに沿った描き方を教えましたが、2人が見惚れた夕焼けは複数の色が生み出す複雑なグラデーションで出来ていたのです。アリソンが選んだ漫画という表現手法は、このグラデーションを描き出すためのものだったのではないかと思います。

漫画を毛嫌いしていたブルースがアリソンに教えたのは風景画。一つの視点から見える枠組みの中を決められた技法に従って塗り上げたように、ブルースは家の内装を飾り立て、自分の表面を取り繕って生きてきました。だけどアリソンが自分や父親の人生を表現するためにはもっと多くの枠が必要だったのだと思います。自分が見てきたあらゆる瞬間をあくまで客観的に切り取り、多くの枠=コマを並べて俯瞰図をつくる。そうすることで父親の人生のグラデーションを表現しようとしたのではないでしょうか。副題は“ある家族の悲喜劇”。この作品では「悲」と「喜」の間にあるさまざまな色が表現されていると思います。

補足説明。父の上で飛んだ時、時々完璧なバランスが取れた瞬間があった。

最後のアリソンの台詞です。父の死に対し「私のせい?」「それとも関係ない?」と自問自答していたアリソン。漫画を書き始めたのはそれを知りたいという思いがあったのかもしれません。家を直す父、本について語る父、トラックの前に立ち尽くす父…あらゆる瞬間を描いたコミック『ファン・ホーム』は無数の小さな点でつくられた地図のようなもの。それを完成させたことでアリソンは父の生きた“ペンシルベニア”を見渡すことができ、この最後の台詞に辿り着いたのではないかと思います。

 

大原櫻子さんの吸引力がすごい

小学生のアリソンが初めて女性への強い憧れを覚える《鍵の束/Ring of Keys》を筆頭に印象的な曲は複数あるのですが、私が特に好きだった2曲について書きたいと思います。一つは大学生のアリソンが自身のセクシャリティを自覚し、ジョーンとはじめてのセックスをした翌朝に歌う《私のテーマはジョーン/Changing My Major》。

大原櫻子さんの演じる大学生アリソン、ものすごく好みでした。数年前にテレビで歌っているところを見て「この人をミュージカルで観てみたい」と思っていたのですが、期待以上で驚きました。歌だけではなく、ナチュラルな台詞回しや表情の作り方も好きです。大原櫻子の発見、日本ミュージカル界の結構大きな事件じゃないです?少なくとも私にとってはそう。(『わたしは真悟』はチケット取ってたのに結局行けなかったんですよね…観たかった)

この曲ははじめて誰かと肉体的なつながりを持ったことへの喜びや畏れ、欲望に理性を奪われた自分への驚きや羞恥心など、アリソンがさまざまな感情を一気に放出するナンバーで、短い曲の中に緻密な心模様が詰め込まれています。「わたし、ジョーンとのセックスを専攻にする〜!」とまぁまぁ愉快なこと言ってる曲なんですけど、観てて自分でもなんだかよくわからない種類の涙が出てきました。大原櫻子さんの大学生アリソンの表現する複雑な感情のグラデーションが本当に素晴らしくて。この作品がミュージカルになった理由がここでわかったような気がしました。台詞や表情だけではなく声やメロディによってより重層的な表現を可能にするミュージカルは、原作の伝えるメッセージと相性が良かったのではないかと思います。

大学生アリソンのソロはこの曲だけなのですが、もうこの後は何気ない台詞でも大学生アリソンにぐいぐい引き込まれてしまったし、ずっと観ていたかったです。大原櫻子さん、もっと色んな作品で観てみたい。またミュージカルに出られることがあれば、作品問わず観たいと思ってます。

 


Emily Skeggs sings "Changing My Major" from FUN HOME

歌っているのは本役でトニー賞でミュージカル助演女優賞にノミネートしたエミリー・スケッグス。

 

◆ブルースの世界の鍵を開けたアリソン

もう一つはブルースが歌う《世界の境目/Edge of the World》。アリソンのカミングアウトを受け、ずっと隠してきた自分の秘密を少しずつ打ち明けはじめたブルース。改修中の廃墟の中で、新しく開いた世界への絶望と希望を語るナンバーです。ブルースは住んでいた家を飾り立て、改修を重ねて、必死の努力でペンシルベニアに溶け込もうとしてきました。自分の住む世界をぎゅっと絞り、小さな円の中に詰め込んだことでなんとか生きて来られたのでしょう。だけどその小さな円から飛び出したアリソンが持ち帰ったのは、自由で開かれた人生でした。アリソンがブルースの円で囲まれた世界の鍵を開けてしまったのです。

円の境目がなくなり、広く開かれた世界でブルースは再び廃墟の状態というスタートラインに立ち戻ってしまいます。「このぼろぼろになった家のどこを直したらいいのかわからない」と絶望しながら、「この家はきっとよくなる」という明るい希望も感じています。「虚無に落ちる」かと思えば、「舞い上がる」と感じたり、怯えるような表情を見せたかと思えば、「羨ましい」と言ったり。完璧に飾られた家を目指しながらも、ぼろぼろのリネンや磨かれる前の銀食器に美しさを感じていたし、アリソンへ”女の子らしさ”を求め自分と同じ枠におさめようとしながらも、共感を期待してコレットの本を贈った。ブルースはずっと矛盾と葛藤に満ちた人物だったと思います。吉原光夫さんは、むき出しになったブルースの中で吹き荒れる感情を繊細に表現しておられました。

このブルースの葛藤はアリソンが想像でつくり上げたものです。実際のところブルースがどんな気持ちでトラックの前に立ち尽くしたのかはわからないまま。本当に自殺だったのかどうかもわからないし、「私のせい」も「関係ない」もどちらも正解だという気がします。

一瞬一瞬を紐解いたことで、アリソンは父の人生が自分の翼になっていることに気付きます。社会はどんどん変化しており、自分と親世代が生きる時代はまったく異なっています。私が今当たり前に手にしている自由は、親世代の忍耐の上に成り立っているものかもしれません。ようやく一人の人間として対話ができるようになり、新しい時代を生きる自分だからこそ伝えられるものがあるとわかったのに、その時にはもう親はいなくなってしまっている。アリソンが電話線を見つめながら表した悔しさは、私にもとても覚えのあるものでした。

愛とか呪いとか、そんな言葉で括ることのできないアリソンとブルースの強い繋がり。親子共に同性愛者という一見特殊な設定でありながら強く共感できるストーリーで、とても貴重な観劇体験ができたと思います。

 

日本版の演出は小川絵梨子さん。ミュージカルの演出は初めてだそうですね。シンプルで好きな演出でした。それからこの日本版、広告ビジュアルがとても良いと思います。特にチラシの裏面やプログラムに使われている、円の中にキャストたちが寝転がって“Ring of Keys”を表現してるのが好きです。東宝ミュージカルで素敵だなと思うビジュアルってあまり多くはないので、ここはぜひ言っておきたいと思って。


<ついでに…>

『ファン・ホーム』を観て連想した大好きなミュージカル作品があるので、ご紹介しておきます。『The Story of My Life』です。『ファン・ホーム』とは共通点のある作品で、物語は主人公である小説家・トーマスの幼なじみの死からはじまります。彼の死は自殺だったのか、事故だったのか。自分に責任があるのではと考えた主人公が記憶をさかのぼり、幼なじみとの思い出を振り返る…というお話。

2006年にトロントで生まれ、2009年にブロードウェイに上がったもののたった2週間程度でクローズしてしまったこの作品。男性2人キャストの小劇場向き作品なのに、なぜオフ・ブロードウェイをすっとばしてブロードウェイに上がったのか、よく事情は知りません。ともかく、良い作品なんです。韓国では2011年に初演後、何度も再演を繰り返しており、今年も11月に上演される予定。これ、日本でもやって欲しいとずっと思ってます。かわいくて切なくて、音楽も最高。一番好きなナンバー〈The Butterfly〉の動画もついでに置いておきますね。誰か偉い人に届けてください、ほんと。


The Butterfly - Story of My Life, Will Chase