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BTSと韓国ミュージカルが好きです。

【観劇感想】ミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ』 日本版

ミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ〜足ながおじさんより〜』 
兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール 

12月2日 12:00 / 17:00 
12月3日 12:00  

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◆ジルーシャ役…坂本真綾 
ジャーヴィス役…井上芳雄  

 

■ 待望の再演でした

 『ダディ・ロング・レッグズ』は2012年の初演、2013年アンコール公演、2014年再演…と何度も繰り返し観てきた大好きな作品であるにも関わらず、一度もきちんと感想をまとめたことがなかったので、この機会に形にして残しておきたいと思います。 今回の公演パンフレットのキャスト対談にもあったけれど、2014年の再演のあと、真綾さんはファンに対して「もうジルーシャを演じることはないかも」とおっしゃっていて。だからもう日本オリジナルキャストで観られることはないだろうと覚悟していたので、再演のニュースは涙が出るほど嬉しかったです。しかも映像化までしてくれるなんて。生きてる限り、繰り返し真綾ジルーシャと芳雄ジャーヴィスを観ることができる!脳内以外で!本当に嬉しい。 

再演までの3年半の間は、日本版以外のバージョンに触れることも多くありました。オフ・ブロードウェイでの上演は全編生中継・配信され、韓国でも2016年、2017年と続けて上演。特に今年の韓国版観劇に際しては、予習のためにほぼフルスクリプトの対訳をつくったので、改めて作品にどっぷり浸かる良い機会になりました。(※ちなみに韓国では、2018年9月にも再演されることが決まってます) あまり考えないようにはしてたけど、やっぱり私は日本版キャストが恋しくて、海外プロダクションの舞台を楽しむと同時にずっと寂しさを感じていました。そういう期間を経ての再演だったこともあって、今ちょっと真綾ジルーシャと芳雄ジャーヴィスへの愛がどうしようもないくらい溢れ出してます。もちろん、映像で観たオフブロ版や韓国版もとても良かったです。だけど私が最高に好きなダディは、やっぱりこの2人にしかできないものなんだなと再認識しました。

 

■ 坂本真綾さんと井上芳雄さんのこと 

私はミュージカルおたくになるずっと以前から”歌手・坂本真綾”のファンでして、実はレミゼを初めて観に行ったのも真綾さんがエポニーヌを演じたことがきっかけ。15年以上にわたって歌を聴き続けていて、ライブにもコンスタントに行って…そんなアーティストは他にはおらず、もう私の人生には欠かせない存在です。 メロディといい歌詞といい、真綾さんがこれまでに歌ってきた楽曲とダディの音楽には通じるものがあり、初見からなんだか懐かしささえ覚えました。ジルーシャというキャラクターの考え方も真綾さんご本人の言葉とリンクするところが多く、とてもナチュラルに役に溶け込んでおられるのを感じます。表現者として大好きな人が、ご自身の魅力を余すところなく表現できる素敵な作品に出てくれて、何度も再演を重ねてくれて…こんな幸せあっていいのか。それゆえに一人の役者として評価することができないという弊害はあるけれど、贔屓目はあるにしてもやっぱりあんなふうに賢さと純粋さと強かさを嫌味なく表現できる人はそういないのではないかと思います。 

ジャーヴィス役の井上芳雄さんについては微々たることしか存じませんが、この役をきっかけに興味を持つようになり、知れば知るほど真綾さんと似ている人だと感じました。コンプレックスが強くて、でも負けん気も強いところや、人よりも早い時期に人気を獲得しつつも、その中で挫折を味わっているところ。皮肉や自虐を込めながら、嫌味にならないラインを保つ、親しみのわく話し方をされるところ。もちろんダディ初見時はまったく人となりを知らなかったわけだけど、この2人から滲み出る同志感はもともと持つ性質が似ていたことから来てるんじゃないかと今は思います。 

海外のダディに比べ、2人のジルーシャとジャーヴィスはとても偏屈で繊細だと感じます。特に真綾ジルーシャはシニカルで賢くて、抱えてきた傷の深さを思わせるところが独特。ともに中性的で、また同い年だということもあって、より対等な関係性を感じることが日本版の2人を好きな理由だと思っています。ダディという作品の素晴らしさは、違う世界に生きていた2人の人間が最後には目線を合わせるところにあると思うからです。 

 

■ 他の子のようになりたい

もはや隅から隅まで好きなのですが、序盤でまずぐっと引き込まれるのは〈他の子のように〉です。 

ひとりぼっちよ 違うみんなと 
溶け込むべきね 知っている 
でも変えられない 

あくまで後援者として「ユーモアがあって面白い」と言っていたジャーヴィスが、一気にジルーシャに惹かれるのがこの手紙なんじゃないでしょうか。ジャーヴィスはきっと”社交界の中のみなし子”である自分を重ねたのだろうと思います。年齢や性別、生まれ育った環境も、何もかも違う。自分とは重なるところのない存在だと思っていた他人が、実は同じなんだと気付く瞬間ってとても尊いものですよね。孤児という珍しい境遇ではありますが、ジルーシャが打ち明けた孤独や疎外感に近いものって多かれ少なかれ誰しも覚えがあるのではないかと思います。だからこの女の子に親しみを感じるんだろうと。 

ジルーシャがこんなふうに心の深いところまで素直に表現できたのは、相手が”ダディ”という何も言わずに自分のすべてを受け入れてくれる神様のような存在だったから。特殊な関係性だからこそ生まれる心の近づき方が良いなと思います。ロックウィローでジルーシャが語ったように、ジルーシャはダディという存在を使って自分の理想の神様をつくりあげていて、それは彼女の生きる力になったわけだけど、同時にジャーヴィスとの間に立つ壁にもなっていくのですよね。 

 

■ ジルーシャを通して見る世界 

さらに大好きなのが〈知らなかったこと〉。同級生と同等の教育を受けてこなかったジルーシャが、初めて知ったことを次々と挙げて、自分は何も知らないのだと嘆く曲です。「他の子に遅れをとっている」と切なく語られますが、哀しさの中にも知ることへの悦びを感じます。私自身も興味のあることが多いタイプなので、たまに読みたいものや観たいものの多さとそれに対する人生の短さを思って泣き出したくなることがあります。でもそういう時、同時に知りたいことがたくさんあるということへの幸せも感じるんですよね。

“戯曲や小説を読み尽くした”というジャーヴィスは、この手紙を読んでジルーシャが出会った小説をもう一度手に取ります。知っているはずの作品でも、まっすぐに感動を伝えてくる人を見ると自分もまた新しい気持ちで再会できるの、とてもよくわかる。「この人の目を通して物事を見たらもっと世界が豊かになる気がする」って思うのが愛の始まりですよね。人との繋がりを避けてきたジャーヴィスがジルーシャを通して変わっていくのが良いです。 

ちなみに、日本版ではジャーヴィスはここで『ヴェニスの商人』を手に取っていますが、オフ・ブロードウェイ版では『モンテクリスト伯』、韓国版では『ウィンザーの陽気な女房たち』。この曲、韓国版歌詞は英語版にかなり近いものとなっているのですが、日本版では使われる固有名詞ががらりと変わっていて面白いです。色んな作品名をうまく組み込んでいて、本当に良い訳詞だなぁと思います。訳詞を比べるの、色んな発見があって楽しいんですよね。韓国版の拙訳を置いておくのでよかったら比べてみてください。 

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今回の公演ではオフ・ブロードウェイ版の演出が取り入れられ、前回から変更された曲がいくつか。(〈ロックウィロー〉が削除されたのは寂しいですが他は新たな楽曲の方がより好きです)2人がNYに行く時の曲もその一つで、ジルーシャがNYに溢れる最先端の文化への憧れを歌った〈ショーウィンドウの女の子〉から、ジャーヴィス視点メインで2人がめいっぱいNYを楽しむ〈マイ・マンハッタン〉へと変わりました。ジャーヴィスが「自分の街を紹介したい!」ってはしゃぐのがかわいい。きっと彼、以前はここまでNYを愛せていなかったのではないかと思います。「今朝には想像もできなかった新しい世界」だというのはジャーヴィスにとっても同じ。ジャーヴィスの変化によりスポットが当たるようになったのが嬉しいですね。 

 

■ ジャーヴィスが見つけた幸せの秘密

リプライズの多い作品ですが、最高だと思うリプライズは〈幸せの秘密〉。一幕では、日々の小さな失敗や不運を忘れる方法を見つけたジルーシャが、未来をおそれず、今を感じ楽しみながら生きることが幸せなのだと歌う曲。二幕では、ジルーシャとともにスカイヒルに登ったジャーヴィスがこれを歌います。一幕でジル―シャの〈幸せの秘密〉を聞いているとき、ジャーヴィスにはジルーシャの言っていることがわからなかったのではないかと思います。理解できないからこそ、この人を知りたいという思いで惹かれていって、やっとそれが実感できたのがこの瞬間なのだという気がしました。芳雄ジャーヴィスの「見つけた」は、自分でも驚いたかのように「ああ、この気持ちがそうだったのか」とじわり心に広がっているのが伝わってくる歌声で、本当に大好きな瞬間です。 

ジルーシャとジャーヴィスがスカイヒルに登るところは、ジルーシャとその後援者ダディの関係と対比させる象徴的なシーンだと思います。 韓国語訳では、いくつかの箇所でジルーシャがダディの支援を「翼」と表現しています。たとえば日本版の「ただ牢獄につないでいるなら なぜ自由をくれたりしたの」のところが、韓国版では「私に翼を授けてくださったおじさま 今は翼を折れというのですか」。とても好きな訳です。その言葉の通り、ダディの金銭的な支援というのは「さぁ、好きに飛びなさい」と翼を与えるようなものだと思うのです。(もちろんダディがジルーシャに与えたものはお金だけではありませんが)それに対してジャーヴィスは、手を取り共に一歩ずつ登って行くというやり方でジルーシャを高みに連れていきました。壁にぶつかった彼女を励まし、そのアドバイスによってジルーシャは作家になるという夢を掴んだわけですよね。同じ目線で、苦しみもわかちあいながら同じ景色に辿り着く…というのは、実はダディがおこなった支援よりも難しいことなのではないかと思います。本当に人を救うってどういうことなのか、考えさせられます。 

 

■ ジャーヴィスの瞳の色

ジミーに嫉妬し束縛しようとするジャーヴィスと、自由に好きな場所へ行き好きなことをしたいジルーシャとの手紙の応酬のシーンはものすごく痛快で楽しい部分。このシーンでの真綾さんと芳雄さんの息の揃い方には舌を巻きます。何度も共演を重ねているというのもあるでしょうが、思い返しても初演の時から驚くほどのテンポの良さでした。コメディとして笑えるし、ジルーシャの変化の早さと、それについていけないジャーヴィスのヘタレぶりが強調されて面白い。 

この作品の特殊なところは、キャスト2人きりの舞台でありながら、その2人が視線を合わせるところが数えるほどしかないということ。このシーンのように顔を見ずに掛け合いをしたり、歌声を重ねるところがとても良いです。それに回数が少ないぶん、視線が合うシーンが特別なものに思えます。大学のカフェで、松の木の下で…。ジルーシャはジャーヴィスへの想いを語るシーンで「笑うとまるで時が止まって見える」と言いますが、本当に観ている方も時が止まったようにどきどきするんですよね。いずれも一人の人間として対等に向かい合っているシーンで、ジルーシャの言う「ダディの瞳の色を知りたい」にはそれを望む意味が込められているのだろうなと思います。 

ちなみに日本版の〈あなたの目の色〉で「見つめる 茶色い瞳」となっているところは、原詞ではblue eyes。アジア人が演じるからこうなったのだろうなと思っていたのですが、韓国版では「彼の瞳は 深い海のよう」と訳されていて、色を限定することのない訳が素晴らしいなと思いました。 

 

■ ダディ・ロング・レッグズを愛する理由

私がこの作品を好きな理由は、なんと言ってもラストのプロポーズシーンにあります。すべてを告白し改めて二度目のプロポーズをしようとひざまずくジャーヴィスに対し、自分も同じようにひざまずくジルーシャ。男性がひざまずく欧米のプロポーズスタイルは女性に対して負けを認めて忠誠を誓うという意味を表したものだそうですが、ジルーシャはそうさせることを拒否し、自ら同じポーズを取りました。芳雄ジャーヴィスが驚いたような表情をするのも好き。 

この作品の舞台セットでは、施しを与えるジャーヴィスの部屋は数段高い位置に、ジルーシャの世界は低いところに置かれていて、その時々の2人の関係性が立ち位置に表れています。ジルーシャの自立によって後援者としての役割から解き放たれたジャーヴィスが、ラストシーンでは許しを請い、2人の立場が逆転。ジャーヴィスが「勇気がなくて自分がダディであることを言えなかった」と打ち明けている時、ジルーシャは孤児であることを言えなかった苦しみを思い出しているのではないかと思います。そしてジャーヴィスが手紙を通して孤児ジルーシャが自分と同じだと気付いたように、神様のように思っていたダディが同じように相手に受け入れられないかもしれないという不安に苛まれていたことを知った。そこで初めて2人は完全に対等な関係になれたのだろうと思います。ジャーヴィスがダディとしておこなった施しも、ジルーシャの姿の見えない人への憧れも尊いものだけど、心を通わせるためには同じ高さに立つことが必要で、そうしてこそ誰かを救い救われることができるんじゃないでしょうか。

後援者と孤児、男性と女性、嘘をついていた者とつかれていた者。壁を一つ一つ取り払っていって、最後に同じ高さでまっすぐに見つめあって幕が下りる。2人の人間の関係性を丁寧に描いているところが、私がダディ・ロング・レッグズを愛する理由です。 そしてその中でも真綾ジルーシャと芳雄ジャーヴィスは、この対等性というテーマを強く感じさせてくれるから大好きなんです。

2時間と少しの中であんなにもキャラクターに感情移入できるのは、この作品がユーモアに溢れてるからですよね。最初のプロポーズシーンからのジルーシャの涙に思い切り泣かされたあと、ラストで笑って終われるところも最高。 特に芳雄さんはこれまでに比べてコミカルな表情が増えていて、兵庫千秋楽では客席の笑い声が特に大きかったこともあってノリノリでしたね。欲しがりが過ぎる…!個人的にはチョコレート持って来るあたりが大好き。 

とにかく観終わったあとの幸福感が大きい作品です。真綾ジルーシャと芳雄ジャーヴィスの舞台を観た記憶はいつまでも私の宝物。そしてお2人もまた、この作品をとても特別に思ってくださっているのがとても嬉しい。また2人で舞台に立ってくださることを期待したいです。2人だけの緊張感ある濃密な空間で、一緒に笑って泣いて…この劇場の空気は何にも代え難いものですが、表情をじっくり観られる映像版もとても楽しみ。東宝さん、映像化本当にありがとうございます。 わがままだとは思いますが、今後まだまだオリジナルキャストでの再演をお願いしたいです。何度でも!

 

◎最後に坂本真綾さんのファンとして、文筆家&歌手としての真綾さんについてご紹介させてください。

まず真綾さんのエッセイについて。ジルーシャのように想像力とユーモアに溢れている真綾さんの文章にはとても元気づけられます。仕事に対する真摯さや自分自身との向き合い方など、読むといつも心の中がクリアになる感じがします。

初のエッセイ。子役時代のことや、レミゼでエポニーヌを演じていた時の苦しい日々などが綴られています。こんなにさらけ出していいのかと思うくらい、ありのままストレートに文章にされている真綾さん。出会ったもの全部を糧にして前に進んでおられるところが素敵です。

1ヶ月余りにわたるヨーロッパ旅の思い出を綴ったエッセイ。今出ている3冊の中ではこれが一番好き。旅の中で出会った景色や人と真綾さんのこれまでの人生がリンクしていって、小説を一冊読んだような感覚になれます。〈everywhere〉という曲が生まれるきっかけになったエピソードが好きです。

月刊誌に連載されたコラムを7年分集めたもの。食にまつわるエピソードがメインで、ライトなものが多くて読みやすいです。全力で日常の小さな幸せを吸収しようとする真綾さんに、とにかく明るい気持ちになれます。ダディ公演中のエピソードも。 

そして歌手としての真綾さん。もう20年以上歌手活動されてるので今更わたしが紹介するまでもないのですが、敢えてあげるならこの2枚。

Lucy Lucy
3,132円

菅野よう子プロデュース時代の、私が最も好きなアルバム。もしかしたら人生で一番聴いてるアルバムかもしれないです。少女と大人の間くらいの女の子の恐れを知らないひたむきさとか、ひりひりするような感情が描かれてて、聴くたび何度も私自身が高校生くらいの時に戻る感じがします。全部まるごと好きだけど特に好きなのは〈紅茶〉〈Rule〜色褪せない日々〉ですかね。これがベストではあるけど、菅野よう子プロデュース時代の曲は全部好きです。

菅野よう子のプロデュースを離れて以降も良い曲たくさんあるけど、選ぶならこれ。真綾さんが全曲作詞・作曲したアルバム。エッセイに綴られるみたいな真綾さんのかわいくて透明な言葉が並んでて、真綾さんの塊って感じがするから好きです。やっぱり〈everywhere〉が一番好き。

…と、紹介してみましたが、これから初めて聴くのならやっぱり各種ベストを聴いていただいたほうがいいのかもしれません。数え切れないほど素敵な曲がたくさんあるので、舞台俳優としてしか知らない方にもぜひ別の真綾さんと出会っていただければと思ってご紹介してみました。