Things I Didn't Know

ミュージカルが好き。歌とダンスと物語が好き。定期的にソウルへ行きます。

【観劇感想】韓国創作ミュージカル『レッドブック(레드북)』

2018年2月6日〜3月30日 世宗文化会館 Mシアター

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 『レッドブック』は2016年に韓国文化芸術委員会による「舞台芸術の創作産室」プロジェクトで優秀新作に選ばれた作品です。『女神様が見ている』のクリエイターであるハン・ジョンソク氏(脚本)とイ・ソンヨン氏(作曲)が手がけたこの作品。2017年1月に上演されたトライアル公演が好評を博し、今回初の本公演がおこなわれることになりました。トライアル公演は2週間限りの公演だったにも関わらず、韓国ミュージカルアワードにも多数ノミネートし、雑誌『ザ・ミュージカル』誌上で「2018年 期待の創作ミュージカル」の第1位に選ばれました。私は前評判の高さと、フェミズムを扱った作品というところに惹かれて観ることに。

 

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 ●アンナ…アイビー/ユリア
●ブラウン…パク・ウンソク/イ・サンイ
ローレライ…チ・ヒョンジュン/ホン・ウジン
●ドロシー/バイオレット…キム・グッキ
●ジョンソン…ウォン・ジョンファン
 

MeToo運動真っ只中での公演

ハリウッドの影響を受け、2月には韓国演劇界でも性暴力を告発する「MeToo運動」が巻き起こっていました。

韓国に吹き荒れる「Me Too」 私も危なかった | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

大学路での告発者支持のための “WithYou”集会や、加害者が関わる公演のボイコットがおこなわれるなど、演劇・ミュージカルファンが声高に性暴力撤廃を訴えている今。この時期に『レッドブック』の上演が重なったのは偶然ですが、そもそも作品が作られた背景に、近年の韓国でのフェミニズム運動の高まりがあったことは間違いありません。
脚本のハン・ジョンソク氏は男性。最初からフェミニズムをテーマにしようとしたわけではなく、ただ「女性小説家を主人公にした作品」という構想からのスタートだったそうです。女性作家の立場になって物語を組み立てるにつれ、女性が抱えるハンディについて考えざるを得なくなり、女性差別への問題提起を含んだ作品になったとのこと。(参考:ニュースピム記事)前作である『女神様が見ている』も北朝鮮と韓国の兵士が出会う物語だそうなので(すいません、未見なので詳しくは知らないのですが)社会性の強い作品を作られる方という印象がありますね。

 

あらすじ

 舞台は19世紀のロンドン。求職中のアンナは、求人広告を見て訪ねた店の主人に性的侮辱を受ける。負けじと言葉で反撃したアンナは、店主の訴えにより警察に逮捕されてしまう。監獄の中、アンナは一緒に収監されているホームレスに“悲しみに負けない方法”を教える。それはエッチな妄想をすること。アンナは少女時代の恋人を「フクロウ」と呼び、いつも想像の中でセックスをしているのだ。
ある日、そんなアンナをブラウンという弁護士が訪ねてくる。ブラウンは昔アンナが下女として仕えていた女性・バイオレットの孫だ。亡くなったバイオレットは、遺言書にアンナへ財産を遺す旨を綴っていた。祖母はアンナに一体どんな恩義があるのかと不思議がるブラウン。実はアンナが夫と死別し孤独だった老女バイオレットに、自分が創った官能的なロマンス・ストーリーを語って聞かせたことで、バイオレットがときめきを取り戻したという過去があったのだ。
なりゆきからブラウンの事務所でタイピストとして働くことになったアンナ。彼女に秘書としての才能がないと気づいたブラウンは職探しのためにアンナを本屋へ連れてゆき、アンナはそこでローレライという女装の男性に出会う。ローレライは女性たちの文芸サークル『ローレライ丘』のリーダーだ。バイオレットが自分の創った物語を求めてくれていたことに勇気づけられ、作家を志すことを決めたアンナ。サークルメンバーとなり、仲間とともに作った雑誌『レッドブック』で自身の体験をもとにした官能小説を発表する。
レッドブック』はたちまち町の話題となり、有名な文芸評論家ディック・ジョンソンの目にとまる。ところがジョンソンは作品へのアドバイスを口実にアンナを自宅に呼び、性行為を強要しようとする。反撃して逃げ出した彼女に対し、怒ったジョンソンは権力をつかって出版法違反でアンナを提訴してしまうーー。

 

◆ネタバレ感想

 とにかく大好きです。大好き!ありがとう!と叫びたい。『レッドブック』に関わったすべての人に大きな幸せが訪れてほしい…もっともっと評価されて、クリエーターにジャバジャバお金が入って欲しい…心からそう思います。ステレオタイプではないユニークなキャラクターたち、キャストの好演、耳に残るメロディ、手帳に書いておきたくなるセリフの数々。とてもハッピーで楽しいラストが用意された作品なのに、カーテンコールで号泣してしまいました。ストーリー展開に感動したというよりは、作品を作っている方々の優しさが嬉しかったんですよね。こんな美しい理想を掲げる人たちがいるんだ…という喜び。この世界、良いところだな…と思えました。

そして『レッドブック』の何よりすごいところは、ものすごーく真面目なテーマを扱いながら“コメディ”として完成させているところです。軽快なテンポとユーモア、キャラクターの魅力によって、扱うテーマを重く感じさせない巧さ。沈みかけたところで笑わせてくれる絶妙な脚本のおかげで楽しく観ることができました。ひどく優秀!ばかばかしさまで優秀!とことん心を預けて笑ったり泣いたりできる安心感があります。

※出来る限りの予習はしたものの、一部セリフの内容がわからないままのところもあり、100%の理解ができない状態での感想であることはご理解ください。(次の再演ではスクリプト売ってほしい…!)

 

◆主張することをおそれないアンナの強さ

舞台になっているのは、女性作家という存在が無視されていた時代。だけどこの作品は19世紀の社会ではなく、現代社会に問題提起するものです。実際に今も女性作家の地位は低いままですし、就職難、セクハラ、性暴力…アンナがぶつかる問題はすべて現代女性に続くもの。権力を笠に着て女性を思い通りにしようとする男性から、根は善良なのに社会通念に縛られて新しい考えを受け入れられない男性まで、さまざまな“女性差別あるある”が散りばめられています。特に作品のメインテーマである“女性の能動的な性的欲求”についてはとても現代的な題材で、今後もっと議論されるべきことだと思います。自分の身体や性欲を忌まわしいものしないために、アンナはとことん主張を続けます。

ー私の小説がなぜ。ただ私が生きてきた話じゃない。
 ありのままの私の話。
ーあなたは女でしょう。どんな女も自分の身体については話しません。
 それも文章で書くなんて、もっとありえない…
ー見てください。見て。女にも身体がある。
 男のように、同じように動いて感じる身体があるの。
 それなのに、なぜいつも女性だけダメだと言われるの?

うんざりするような偏見に晒されながらも、決して自分を曲げることのないアンナ。アンナの強さの裏には、ずっと大切に反芻してきた“フクロウ”との幸福な思い出を否定したくないという思いがあるのではないかと思います。1幕ラストの《イヤらしい女》は、『レッドブック』を批判されたアンナが、世間の声に負けず表現を続けることを決意するビッグナンバー。

もうこれ以上 想像の中だけでは止まらない
私のような誰かに見せてあげるの
嘲弄を抱きしめて 非難に口づけして
私を悲しくさせるすべてのものと 夜通し愛を交わして

 

もっとたくさんの人に教えてあげるの
世界で一番幸せな イヤらしい女

 


大衆の「イヤらしい女」の大合唱の中、自分を“世界で一番幸せ”と呼べる強さに胸を打たれます。アンナ役のアイビーさんとユリアさんの力強い歌声に圧倒される。アンナかっこいい!私の中では、エルファバとジルーシャに並ぶ「好きなミュージカルヒロイン」になりました。大好きです、もう。

 

◆「自分が何者か」は自分が決める

私が一番好きなナンバーは、2幕終盤の《私は私を語る人》。評論家の恨みを買って裁判にかけられたアンナは、弁護士ブラウンから精神疾患を装って刑を免れることを提案され悩みますが、ある人に会ったことで自分を貫く決意します。その人とはブラウンでもローレライでもなく、一人のレッドブック読者。彼女は以前収監された時に出会ったホームレスでした。アンナは彼女のこの言葉に心を動かされ、「自分が何者か」を悟ることになります。

ーきっとハッピーエンドにしてください。
 彼女が幸せになれば、私も幸せになれる気がするんです。

この作品は、ロンドン市民たちとアンナによる《私は何者?》というナンバーで幕を開けます。この街は“紳士”や“淑女”のためにあり、そうではない私たちは“余り”なのだと歌う市民たち。しかしそのことを深く考えずに暮らしています。その中でアンナは「自分が何者なのかを知りたい」と言い、まだ見ぬ“自分を理解してくれる人”に思いを馳せます。しかしアンナはブラウンとの数々の出来事をとおして、たとえ愛し合っていても完全に他人を理解し理解されることは難しいのだと知るのです。誰より自分を理解しているのは自分であり、それを貫くことで「自分は“余り”だ」と言っていた他人をも勇気づけることができたと知るアンナ。「自分がどんな人か」をはっきりと言葉にしていきます。

生きてきた日々と 愛した彼らが あまりにも大切な人
今の私より 明日の私の方が もっと大事な人
私は私を語る人

 

私が私だという理由で罪となって
私が私だという理由で罰を受ける
問題だらけの世界に 一つの不正解を残すの
私が私だという理由で去って
私だという理由で消えて
すみきった時代に真っ黒な影を落として 私を守る人

 


【動画】私は私を語る人(2018年プレスコールより)

【動画】私は私を語る人(2018年アンプラグド・ライブより)

※ライブの方はWキャストであるアイビーさんとユリアさんのデュエットバージョンでこっちもめっちゃかっこいいです…!

アンナとブラウンとのロマンスはとても愛らしくて素敵ですが、この作品は相手役であるブラウンを“アンナのすべてを理解してくれる救世主”にはしませんでした。完全に理解できずとも、その人を愛することはできる。だけど愛は移り変わるもので、結局は他人なのだということ。自分がどうなりたいか、何を大切にしたいかは、すべて自分が決めるべきであること。そして他人にそれを否定することはできないのだと、アンナたちは教えてくれます。私自身も、自分の欲求を自覚することって意外にとても難しいことなのだと大人になって悟りました。「好き」や「なりたい」が本当に自分の中から生まれたものなのか、それとも環境の中でそう思わされているのか。それを判断するのは容易ではありませんが、自分を知ることを諦めず、とことん追求していくのが自分の幸せにつながると信じています。『レッドブック』は“女性の肉体的な悦び”をメインにしていますが、それに限らない“自分だけの欲求”についてのお話なのだと思います。たまたま社会的役割を担わされることの多い女性が主人公になっただけであって、決して女性だけに限定されるストーリーではありません。

ラストにはアンナの裁判の弁護を担当したブラウンの機転により、『レッドブック』を読んで良い方向へ変化した多くの読者たちの存在が明るみになり、判決は保留されることに。

当たり前のものが当たり前になる時まで
世界を騒がせよう
偽りの言葉たちが声を潜める時まで
もっと声高に騒ぐんだ

 

あなたがそこにいるということを
私たちと一緒にいるということを
また忘れることのないように
私たちが忘れることのないように

 

その時がいつでも あなたが誰でも
そこの その席で 今のその姿で
あなたが誰か 話してください
あなたの話を聞かせてください

レッドブック』はこんな歌詞で幕をおろします。歌うのはアンナたちのほかに、新たに加わった男性含めるメンバーたち。「第二のアンナになりたくて来た」という新メンバーたちに、ローレライはこう言います。

第二の誰かではなく、第一の私になってください。

彼らが目指すのは、性別に関わらずすべての人が自身を肯定し、そのままの自分を誰かに表現できる世界なのだと思います。『レッドブック』は女性差別にスポットライトをあてながらも物語を女性だけのものにしなかったところがとても好きです。フェミニズムは男性のものでもあると言ってくれているようで、心強く感じます。作品の中でも特に作り手の誠実さを感じたのは、男性キャラクター・ブラウンの描写でした。


レッドブックのここが好き

好きなところしかない作品なので、厳選して好きポイントを書こうと思います。

 まずは物語中盤でアンナの恋人となる弁護士ブラウン。彼はもう一人の主人公と言ってもいいほど、作品を通してもっとも大きく成長する人物です。正義感にあふれた善良な紳士で、仲間であるジャック、アンディとの「紳士三銃士」のシーンがばかばかしくて大好きです。《紳士の道理》では特に「햇살…☆」のところがめちゃくちゃ好き。

【動画】紳士の道理(2018年プレスコールより)

ブラウンは弱者に寄り添い尊重することを信条としているのにも関わらず、社会規範に捕らわれてアンナの新しい考え方を受け入れることができません。何の悪気もなく「女の幸せは男の妻になること」とか言うタイプの男性です。だけどアンナに惹かれるにつれて少しずつ自由な考えを持つようになり、最後には「自分のためにアンナを変えようとしていた」と謝罪し、アンナの大きな力になります。頭が心に追いつかず、子供みたいに戸惑うところもかわいいし、アンナとのイチャイチャシーンもめっちゃかわいい。ちょっと『ダディ・ロング・レッグズ』のジャーヴィスと重なるところもありますね。ジャーヴィス役者が似合う役という気がする。とってもチャーミングなキャラクターなので、今後いろんな方のブラウンが観てみたいです。

 

ブラウンとの絡みで特に好きなのは《愛はまるで》というナンバーです。離婚裁判を受け持つことになり「夫婦は当然ずっと愛し合わなくてはいけないものなのに」というブラウンに、アンナは「愛は天気のように移り変わるものだ」と教えます。

ふわふわと漂い するすると散る雲の形を
一つに決めることができますか?
透明な朝から 暗い明け方まで
空の色をどうやって語ることができますか?

 

愛は まるで まるで 幼い子供たちのように
果てしなく育って 新たに変わっていくんです

この曲のリプライズがすごく素敵です。離婚裁判でブラウンは、アンナのこの言葉を思い出して妻側の弁護をします。見事におだてられた裁判官たちが最後にはノリノリで歌うのもめちゃくちゃ楽しい。大好きなシーンのひとつ!

【動画】愛はまるで(2018年プレスコールより)


それからブラウンがアンナの書いた小説を読む《古いベッドに乗って》。ブラウンの頭の中にアンナが登場し、“フクロウ”とのベッドの上での冒険物語が展開します。ジャングルを探検したり、海賊になって戦ったり、ワカメになって踊ったり…これぜんぶセックスの話をしてるんですよね。アンナがいかに斬新でいきいきとした筆致で幸福なセックスを描いているか、そしてブラウンがそれに魅了されていく様子が表現されてます。特にオリジナリティあふれる面白いシーンだと思います!翻弄されるブラウンもかわいいのなんの。

【動画】古いベッドに乗って(2016年デモンストレーション公演より)

※試演ではミン・ウヒョクさんがブラウンやってたと知って衝撃。全編観たいんですが…!

 

最後に紹介するのは、アンナが女性たちの文芸サークルに入るためにローレライを訪ねる場面の《我らはローレライ丘の女たち》!!大好き!!

【動画】我らはローレライ丘の女たち(2018年プレスコールより)

明らかに『シカゴ』の《Cell Block Tango》をオマージュしたもので、4人の女性たちの自己紹介シーンが挟まれます。この作品はアンサンブルに至るまでみんなキャラクターが立っていて、見終わるころには全員を好きになってしまうのですが、その中でもローレライ丘のメンバーたちは全員大好き!『高慢と偏見』の2次創作をしてるジュリア、浮気者の夫を殺害する小説を書いてるコーレル、片思い中の男性をモデルに官能小説を書くメアリー。「人は私をおかしいと言う」というアンナにドロシーは「何もおかしくない。私たちは私たちを慰める方法を知っているの」と言います。自分の「好き」を突き詰めて、自分だけの特別な道を探すローレライ丘の女性たち。誰のためでもなく自分のためにペンを取る彼女たちに、背中を押されるアンナ。

古い慣習を壊して
バカみたいな規範を崩して
ふたたびその場所に城を建てる
その場所に新しい城を建てる

 

我らはローレライ丘の女たち
この小さなペンで 大きな城を建てる

 

哲学で覆った屋根と
信念で立てた柱たち
象徴で作った階段と
比喩で飾った家具

 

まだ幼い単語たちが訪れる城
熟していない文章たちが育つ城
いつかはそれが文学になるように
誰かの慰めになることができるように
城を建てる

このナンバーの歌詞は、Me Too&With You運動のスローガンにしているミュージカルファンも見かけました。『レッドブック』は「あなたの話が誰かの背中を押す」と観客に語りかけてくる作品。一時の慰めにはとどまらず、これから生きていくための勇気をもらったような気がします。ずっと大切にしていきたいミュージカルです。眩しすぎる理想を提示するストーリーではありますが、「こんな世界を目指そう」と言ってくれる人たちがいるということがどれだけ嬉しいことか。ぜひいつか国境を越えていってほしい。この作品に勇気をもらえる人はきっとこの世界にたくさんいると思います。

まずは韓国での再演を心待ちにしてます。こんなところで言っても伝わらないのはわかっていますが、『レッドブック』に関わったすべての人に心からの感謝を伝えたい!!ありがとう!!!

 

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3/17 カーテンコールより。

 

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MDではプログラム、ピンバッジ、ブックマークを買う。マニアカードもレッドブック風でかわいかった…