Things I Didn't Know

BTSと韓国ミュージカルが好きです。

【観劇レポ】創作ミュージカル『ファンレター』(팬레터)

創作ミュージカル『ファンレター』

2017年11月10日〜2018年2月4日 トンスンアートセンター トンスンホール

f:id:ozmopolitan-cc:20180109231623j:plain

2018年1月4日 夜公演

▪️チョン・セフン役…ソン・スンウォン

▪️キム・へジン役…キム・スヨン

▪️ヒカル…チョ・ジスン

 

◆作品について

2015年の創作ミュージカル公募プログラム「グローカルミュージカルライブ」の最優秀作品。2016年秋に短期間の公演で好評を博し、今回の再演では香港の映画監督ウォン・カーウァイの投資を受けているそう。初演版をさらにブラッシュアップさせた再演版は日増しにチケットが売れて行ったようで最終期間は平日公演を含め瞬殺状態でした。

もともと海外市場への輸出を視野に入れたプログラムから生まれた作品なので、劇場には日本語と中国語の字幕モニターが用意されていました。ただ小さなモニターなので字幕を読めるエリアは限られており、流れるスピードも早く舞台とモニターを両方視野に入れておくのは難しかったです。1度しか観られないので演技に集中するためにも、事前に販売されたスクリプトを読んでいってよかったなとは思いましたが、横目でセリフを確認しながら観ることができたので本当にこういうサービスは助かります。

 

◆あらすじ

舞台は1930年代、日本統治時代のソウル(京城)。実在したモダニズム文学グループ「九人会」をモデルにした「七人会」の文人たちが描かれる。

主人公は作家志望の青年セフン。事業家の父によって日本に留学させられるが、家にも学校にも居場所を見出せず孤独感を抱いている。そんなセフンを慰めるのはキム・へジンという小説家の文章だけ。セフンはへジンに「ヒカル」というペンネームでファンレターを送り、へジンはその手紙を読んで「誰も気づかなかった私の悲しみを作品から読み取ってくれた」と胸を打たれる。互いに手紙をやり取りする仲になる2人。

やがて朝鮮に戻り、作家を目指すため「七人会」の事務所で小間使いをすることになったセフンは、グループのメンバーとなった憧れのへジンと対面することに。ところが「ヒカル」を女性だと思い込み恋心を抱くへジンを目の当たりにし、セフンは自分が「ヒカル」であることを言い出せなくなってしまうーー。

 

f:id:ozmopolitan-cc:20180109231611j:plain

 

◆ネタバレ感想

あまりにチケットが売れているので何事かという感じだったのですが、実際に観劇してヒットの理由がわかりました。孤独な青年、概念を具現化したキャラクター、同性に向けた愛、病気と死、抑圧と戦う人々…などの韓国ミュージカルファンが好きそうな要素をこれでもかと詰め込んだ作品。正直言って既視感は否めないんですが、掛け合わせ方が上手く完成度が高い。実在の団体・人物をモデルにしたキャラクターや有名な小説の引用などがリアリティを生んでいます。

音楽の力も大きいです。京城時代のレトロな雰囲気を表現したジャズ要素の強いナンバーがかっこいい。バラードも耳に残るメロディばかり。

日本政府による検閲に怯えながらも、文学で新しい世の中を切り開こうとした文人たちの姿も見所の一つ。とはいえ作品はセフンの愛と、それを芸術へと昇華することをメインに描かれているので普遍的なストーリーになっていると思います。文学がテーマなので、歌詞がとても詩的でうつくしいのも魅力。字幕の日本語訳が良かったので、ちゃんと読み返してみたいです。

上のあらすじだけ見ると序盤のストーリーはいかにも『ダディ・ロング・レッグズ』なのですが、作品でポイントになるのはセフンのイマジナリーフレンドである「ヒカル」の存在。はじめは活発な少年といった出で立ちで登場したヒカルは、孤独なセフンの友達であり、セフンが文章を書くことによって自由になれることを表しています。ところがヘジンがファンレターの送り主「ヒカル」に執着するあまり肺結核を悪化させていく様子を見て、セフンはへジンの期待に応えるための人格をつくりあげることになり、「ヒカル」は清純な女性の姿に変わります。ヘジンの心を自分のものにし、ともに小説を生み出したいというセフンの心の深いところにある欲望を吸い上げ、自信に満ちた女性へと変わっていく「ヒカル」。この変貌は男性芸術家たちが自分にとって都合の良い”ミューズ”を求めることに対する皮肉のようにも思えます。男性にインスピレーションを与えるためのただ美しい存在ではなく、意志と欲望を持った者なのだという。

ある時、政府への匿名での密告があり七人会の事務所に検閲が入ることになるのですが、それも実は正体が明かされることを恐れたセフンが「ヒカル」の人格によっておこなったものでした。徐々に狂気を増す「ヒカル」は合作小説を完成させるのだとヘジンを掻き立て、ヘジンは残り少ない命をすり減らしていきます。結局「ヒカル」と抗ったセフンは自分自身の右手を傷つけ、「ヒカル」を消します。

セフンの最初のファンレターはヘジンだけに宛てた個人的なメッセージでした。送った小説もヘジンただ1人の心に届けたいという思いから書かれたもの。だけどそれが公開され、覆面作家「ヒカル」が誕生したことによって「人々に認められる傑作を書きたい」という欲望が生まれてしまったんですよね。「ヒカル」は作家としてのヘジンだけを求めていましたが、最後には人間としてのヘジンを愛したセフンが「ヒカル」に打ち勝ったということなのだと思います。

「ヒカル」は『モーツァルト!』のアマデと重なるところがありますが、『ファンレター』の好きなところは最後にふたたびセフンのところへ「ヒカル」が戻ってくるところです。「ヒカル」の正体を受け入れられずセフンを責め立てたへジンですが、死の直前に「ヒカルが誰であれ手紙の主を愛さなければいけない」と手紙を残します。”ミューズ”という幻想から覚め、1人の人間としてのセフンに愛を送るへジン。へジンの死から絶筆していたセフンはようやく哀しみを文に表現します。「どんなに時が経っても忘れられない」というセフンにそっとヒカルが寄り添い、幕。序盤のセフンの「文学が人を救えると思いますか?」という問いへの答えがラストにある気がします。芸術表現とは自分自身すらも飲み込み、人を傷つけることもあるものだけど、自分や他人を救ったり世の中を変えることすらもできるという希望あるラスト。ここからまた新たに作家としてのセフンが始まり、文を書くことを通じて自分を慰めることができるようになったのではないかと感じられました。

 

【動画】〈涙が出る〉MV―ソン・スンウォン

はじめてヘジンに対面したセフンが、「夢のようだ、そばにいられるなら何でもできる」とヘジンへの想いを語るナンバー。

 

【動画】〈嘘じゃない〉2017年プレスコールより―ソン・スンウォン、キム・ヒオラ

セフンがヘジンのために、まるで生きた人間のように「ヒカル」を作り上げようと決意するナンバー。セフンは「幻想で彼を生かそう、決して嘘ではないのだ」と自分に言い聞かせます。

 

 ソン・スンウォンさんは2016年のbareでピーター役を演じているのを観て好きになったのですが、ここ最近はテレビによく出演されていたので舞台ではご無沙汰でした。少年のように幼いお顔だけど、どこか陰があって、とても意志が堅そうでセフンというキャラクターにぴったりだと思います。アンニュイな雰囲気の声も艶があってすごく好き。いかにも口数少なそうな雰囲気なので、終盤の感情をあらわにするところで持っていかれるんですよね。魅力を存分に発揮できるハマり役だったのではと思います。できたらもう一回くらい観たかったですが、もうチケットが取れそうにないので断念。ここまで人気が出たんだから、きっとあまり間を開けずに再演してくれますよね!  

f:id:ozmopolitan-cc:20180109231627j:plain