Things I Didn't Know

ミュージカルが好き。歌とダンスと物語が好き。定期的にソウルへ行きます。

【観劇レポ】日本版フランケンシュタイン(日生劇場)2幕

1幕はこちら

 

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■平和の時代(リプライズ)~あなたなしでは

 

ジュリアとの会話「エレンとも和解したのにあなただけ過去に囚われている」というくだり含め初演版の流れが採用されてる。

 

 

■行方不明~逃亡者

 

・あの魔女みたいな人(韓国のプログラムによるとCrazy Woman)は占い師に。水晶持ち歩いてらっしゃる。

 

・戻って来た怪物

スッと現れてビクターの名を呼ぶ怪物。このくだり、もうちょいどうにかならないのか…。怪物の憎しみも、復讐を叶える喜びも、伝わってこない。小西怪物は淡々としすぎていて引っかかるところがない。和樹怪物は哀しみの表現はとても上手なのに、「怒り」があまりに乏しい。やはりウンテ怪物を感じさせる超然とした芝居をしているのだけど、「怒り」が伝わらないとそのお芝居は生きないと思う。激情の渦みたいな韓国版に慣れた身からすると、全体的に感情表現が弱い(柿ビク以外)と感じてしまったのですが、その中でも特に「怒り」の表現はウィークポイントだなと思います。日本人の最も苦手とする感情なのかもね、怒りって。もちろん、その抑えた表現が板垣さんの言う「日本ならではのフランケン」として意図的に演出されてるのかもしれない。だけど、怪物の演技はもっと掘り下げる余地があるんじゃないでしょうか。とてもとても難しい役、難しい曲ばかりだとは思うけれど。まだ初日だったので、大阪公演ではもっと熱のこもったお芝居が見れたらなと思う。

 

エヴァ様&カトリーヌ登場

濱田めぐみさんのエヴァ様は最高。ねっとりお上品な話し方と「金!」の残虐な言い放ち形のギャップに超痺れる。日本版キャストが発表される前から韓ミュファンの間で「他のキャストは予想つかないけどエレン/エヴァは濱田さんしか考えられない」と話してたので、期待どおりかっちょいいエヴァ様が観られて嬉しいです。音月さんのカトリーヌも、ジュリアとはガラっと声質を変えていて、すごく良い。

 

 

■欲と血の世界

 

オリジナルの「男の世界」は「欲と血の世界」に!なるほどなるほど!いいね!エヴァ様ダンサーズも女子だけに。キャバレーのダンサー風。まぁ、日本では半裸祭はやらないだろうなと思ってた。私はこれで全然いい。エヴァ様かっこいい~!イゴールに手拍子を強要されるw イゴールの衣装、ちょっと存在感ありすぎでは…。舞台のどこにいても目につくw アンサンブルのアクロバット物足りないけど、そこはもう仕方ない。

 

・「COLOSSEUM」という看板

この曲からぶらさがるんだけど、《俺は怪物》まで残ってるのはどうなのか。

 

・ジャック登場

ざわざわしてる中に上手からすっと出て来るので、観客の視線が集まりにくい気が。「サンキューグラシアスメルシーダンケスパシーバ!」ちゃんと言ってて嬉しい。ジャックが大好きなんだ私は。「怪物の奴、最近思春期で」のくだりで体育座りで思春期を表現してみせる晃ジャック。

 

・チュバヤがあんまり強そうじゃない

普通の人でも頑張ったら倒せそうではあるけど、そこは仕方ない。

 

 

■お前は怪物だ

 

・とにかく柿ジャックが最高な件

柿ジャックまじでぶっとんでた。下品すぎる。ほんと変態。下衆いジャックが観たいと思ってた私ですらドン引いた!多分韓国スタッフ&キャストもドン引く!ドンソクジャックも強烈だけど、ドンジャックに並ぶくらいヤバいジャック。下劣さと残忍さで、群を抜いてると思うよ…。よくぞ日本の観客層の前でこれを演じることが許されたな。日生劇場さんよ、本当に大丈夫なんですか?ありがとうございます。また大好きなジャックが増えてしまった。嬉しい。こういう予想をぶち抜いた面白いものを観せてくれる役者さん好きなんです。一気にファンになりました。こんな出会いがあるから舞台は楽しい。

 

「アンリ・デュプレの頭を最後の材料に―」のところは、3分クッキングの歌うたいだして、「今日の材料はアンリ・デュプレさんの頭です。まぁ先生素晴らしい」みたいな。ゴキゲン。そんで、ちょっと言葉にするのも憚られるんだけど、怪物に○○○○○させようとしたり、○○○○○○したり…いたぶりながら完全に興奮してっし…ひどい!でも、あージャックって絶対そうだよなっていう物凄い説得力がある。ドンジャックもバイっぽさを匂わせてはいましたけど、基本ドンジャックは魔法少女系なんでね…。暴力が性的な方に向かうだけで格段に恐ろしさが増すんだな。ドスを効かせたり、猫撫で声を出したり、次々に声色をかえて、いつ何をされるかわからないおぞましさがある。どろどろに性根の腐った唾の吐きかけ方をする。これぞ狂気って感じだ。このジャックに会えただけで、私の中で日本版に大量の加点がつくことになるw 

 

・晃ジャック

ちょっと柿ジャックがあまりに強烈で好みすぎたもので、記憶が薄くなってしまってる…韓国版でいうとコニョンジャックみたいな小物感ある。くるくると動いて、エヴァ様のサイドキックみたいな印象。意外と普通だったかな。

 

 

■そこには

 

わりとすぐ喋り出す怪物。「あん・にょん」は「こ・ん・に・ち・は」に。手のフリなし…。くすぐり合い、和樹怪物とはかわいらしい感じだったけど、こに怪物とは盛大にじゃれ合ってて、一気に打ち解けた感じが出てた。このくだりはこに怪物の無邪気なはしゃぎっぷりがとても良かった。2人ともまだ言葉の不自由な子供のような歌い方から始まる。そして、訳詞が自然ですごーく良かった。入れて欲しかったワード"鎖"も抜けることなく。これも大好きな曲だから嬉しい。

 

日本版公式のキャラクター相関図でカトリーヌ→怪物が「想いを寄せる」となってて、え?それ公式設定?と思ったんだけど、実際そんなふうには見えず、母子のような関係だった。韓国版では、回によっては2人の間には恋愛感情があるように見える時もあったけど、母子みたいな表現の方が好きなので、良かった。

 

 

■人間のふり

 

「舌をずたずたに裂くぞ」のところでほんとに器具を口に突っ込んで舌を挟もうとする残忍さ。ここらへんの描写、結構徹底してる日本版。

 

 

■生きるということは

 

井戸はなく、樽と器をフェルナンドが持って来る。怪物の独房は大きく窓が開いていて、しっかり顔が見えてる。(韓国版では手だけが小窓から出て来る)カトリーヌは怪物の方を見ることができず視線から逃げようとする。

 

音月さんのカトリーヌ、素晴らしかった。形式的な動きでなく、役柄の感情のままに全身で動いてる感じがした。シハさんの影響も多少感じたのだけど、音月さんが韓国で観劇されたときはシハカトリーヌだったんだろうか。歌は、多少苦戦されてた音もあったけど、うまく歌うより感情をのせることを大事にして歌ってらっしゃったと思う。泣き叫ぶみたいな歌い方ぐっと来たよ。

 

 

■欲と血の世界(リプライズ)

 

・「ミンチにしてやる」

エヴァが慈悲を乞うカトリーヌの掌と頬を切り裂くシーンがある。(韓国版では馬の餌にすると言いながら連行するだけ)ここの残忍なエヴァ様とても好き。柿ビクはチュバヤを殺したあとに「こいつと一発ヤりたかったな」

 

・「どこにでも怪物はいる」

「壊れて返品もできない」のあとにエヴァが客席を見回しながら「壊れたならまた新しいのを連れてくればいい。どこにだって怪物はいる」と言うのはオリジナルにない部分。"怪物とは誰なのか?"という作品の一つのテーマをわかりやすく伝えるための追加箇所だけど、個人的には野暮だと感じる。(客席に向かって問題提起みたいなのが好きじゃないタイプ)

 

 

■俺は怪物

 

両怪物とも期待以上に良かった。まだまだ良くなると思うけど。こに怪物はここに来てやっと感情が溢れる。「きのう初めて見た夢」の前、韓国版ほどではないけれどしっかりと間を取るこに怪物。和樹怪物は不自然にねじ曲がった右足を引きずりながら歩く芝居がとても良かった。本当に間違えて接合されたよう。あと、予想以上に歌が上手くなってられてびっくりした。(私が前に観たのロミジュリの時なので遥か昔なんだが)韓国にボイトレに行ったりしてたし、きっとすごく努力されたんだろうなと。良かったこの曲。あとはもう少し間があるともっとぐっと来るんだけどな。和樹怪物は、個人的には足りない部分も多いんだけどポテンシャルを感じるから、公演終盤が楽しみです。

 

・訳詞の「俺はつぎはぎだらけで生まれた」のところ好き。

 

・松明は本物の火だけど、韓国版のように放り投げることはできないようで、見えないように誰かに渡してたと思う。

 

 

■殺人者(リプライズ)

 

・怪物の「不幸だから凶悪なのだ、凶悪だから復讐を望む」「空を見て。風が吹く。もうすぐ稲妻が鳴るだろう」がない。(なくてもいいけど好きな台詞だった)

 

・怪物が「お前の大切なものを奪う」と宣言する

 

 

■その日に私が

 

濱田エレンの包み込むような優しい声の「姉さんの言うことをよく聞いて」がたまらなく切ない。柿ビクはエレンが吊るされたところの慟哭がまず凄まじく、そこからずっとすがりついて子供のように泣いていて私も泣ける。回想の中のエレンとすれ違う演出、晃ビクの時にはあったかどうか記憶が定かでない。

 

 

■絶望~今夜こそ~ジュリアの死

 

既存のセットがそもそも廃墟みたいなやつなので、研究室が破壊されてる感じが少しわかりにくい。鉄のベッドにはエレンの遺体が寝かされてる。

 

・ジュリアを殺されたビクターが「怪物!」と罵り、怪物が「俺から見ればお前らの方が怪物だ」というくだりがある。これもまたテーマをわかりやすくするための追加箇所ですね。

 

・「北極のもっとも高い所でお前を待つ」がない。

怪物はただ「北極へ行く。殺したければ追ってこい」と言う。詳しくは韓国版の2幕レポに書きましたが、韓国版でこの「もっとも高い所」というのが意味を持つと私は解釈してたので、残念。だけど、日本版のセットでこれを表現するのは難しかっただろうとも思うので納得はしてる。

 

 

■後悔

 

・「愛があれば運命に打ち勝てると信じていた」というような内容の歌詞がある

ジュリアとの愛?そもそもジュリアと心が通じ合ったビクターっていうのが私には解釈違いで(私の中のフランケンには《あなたなしでは》が存在しないので、初演版だとうまく咀嚼できない)、むしろ周りの人に愛されていたのにその返し方を知らず、ひたすら失うことに怯えて違う道を進んでしまったことを後悔してる、っていうのが私の中の《後悔》なので、この歌詞はどうしても腑に落ちないまま。

 

・赤い花の演出

舞台のあちらこちらにある赤い花がスポットライトで照らされる演出がある。どういう意味があるのかはよくわからない。

 

 

■傷

 

・湖ない

 

・少年が登場するが、服装からして完全に子ビクターではない

 

・「君も大人になれば、人間のふりをするだろう?そうはならないで」

→「君も大人になれば、他の人間達のような目で俺を見るだろう?」

 

・怪物は明確な殺意をもって少年の首を絞めようとするが、途中でやめて少年逃げる。

 

《傷》は私にとって一番重要な場面で、この場面があったからフランケンをこんなにも好きになったので、この改変は受け入れ難かったです。詳しくは韓国版の2幕レポに書いてるので、解釈については割愛。もちろん、個人的な解釈なんだとは思いますが、韓国版のあの演出に意味があることは間違いないと思います。少なくとも韓国版では、この場面に登場するのはただの少年ではなく、ビクター少年です。(そうでなければ少年に子ビクターと同じ衣装を着せることはしないはず)ということは、《傷》の場面は現実にはありえない世界、怪物の心象風景であって、ただ「子供を殺す」シーンではないんです。私は韓国版の《傷》のシーンに一番救いを感じましたし、怪物は自分を不幸に貶めたビクターに誰よりもシンパシーを感じているのだと思ったので、そこがなくなってしまうことで私の中のフランケンは大きく変わります。

 

セットの制約があったとしても、湖を表現することが不可能だったとは思えません。板垣さんはプログラムでも、フランケンシュタインの物語における「火」の重要さを語っておられ、ここまでの場面で火が使われている演出や歌詞はしっかり押さえておられますが、この作品で火の表現が生きるのは、最後に怪物が辿り着くのが「湖」と「北極」だからじゃないでしょうか。

 

「大きくなれば人間のふりをするだろう?そうはならないで…」と少年の頭を撫でて優しい声色で言う韓国版の怪物には、少年(ビクター)のために、憎しみに満ちた人生を送らないで欲しいという思いを感じましたが、日本版の「他の人間のような目で俺を見るだろう?」という台詞は、自分の苦しみにしか意識がいっていないように思えますし、声色にも憎しみが滲んでいます。

 

そもそもここに来て、"怪物が見知らぬ少年を殺そうとする"シーンを入れることに一体どんな意味があるのか、私にはわかりません。百歩譲って「見知らぬ少年を殺そうとする」ところまではよしとしても、自らの不幸の始まりになった「首を絞める」ということを怪物がするのはあまりに哀しすぎる。これは私の中では韓国版の《傷》が救済のシーンだという解釈があるからですが、途中でやめたとはいえ、現実に人間への憎悪を見知らぬ少年に向けて、手にかけようとする日本版の怪物の方が余程残酷だと感じます。

 

意図としては、戻ったアンリの記憶が、怪物が少年を殺すことを止めさせたのだと表現したかったのだと思いますが、やっぱり私は、湖もなく、ビクター少年もいない《傷》に救いを見出すことはできません。とにかく、板垣さんとは完全な解釈違いだったんだと思います。複雑さ、ショッキングなシーンを避けるための改変だったのかも知れない。だけど、ここが違うフランケンは、私の好きなフランケンではないです。

 

もちろん、韓国版のフランケンを観ている人の中にも、あの少年はビクターだと思う人もいれば、関係のない少年だと思う人もいる。怪物は憎しみを持って殺したと思う人もいれば、救いのシーンだと思う人もいる。どちらの解釈を間違いではない。聞くところによると、チサンさんは殺意を感じさせるような台詞回しをしていた時もあったそうですしね。それだけ幅広い解釈をもたらすシーンなんです。日本版は、あまりに狭めてしまっていると思います。

 

このくだりだけ、どんだけ書くねんって感じですね。粘着質ですいません。

 

 

■俺はフランケンシュタイン

 

北極に廃墟のようなセットがあるのも、もうしょうがない…。「もっとも高いところ」という設定もなくなっていますしね。取っ組み合いだけでなく逃げたり飛んだりして大立ち回りをするビクターと怪物。ビクターは銃を渡されてから、かなり長く逡巡します。怪物は銃を撃たせるためにわざと襲いかかろうとし、ビクターは発砲。

 

「その片足ではこの北極を抜け出すことはできない。お前は1人になるんだ。わかるか。ビクター、これが俺の復讐だ」2人とも100%怪物で言う。というか、一人称が「俺」な時点でそういうことだよね。もうここも、怪物なのかアンリなのかという解釈の自由は与えない感じなんですかね。

 

偉大なる〜のリプライズ部分、「いっそ呪いをかけろ」がここでは「神よ、呪いをかけろ」になってて、ここで神って言葉は外して欲しくなかったので良かったです。だけどやっぱり「何も畏れぬ」には違和感あるけどね…。

 

怪物がまったくアンリの声色を出さないまま死ぬので、柿ビクがアンリの名前を呼んで泣くのには少し驚いた。「ビクター」と呼ばれたことで気付いたということなのか。晃ビクはアンリの名は呼んでなかった、はず。

 

柿ビクは色んな汁でぐっちゃぐっちゃになりながら歌っていて、「フランケンを観た」って気持ちになれました。最後の一滴まで魂搾り取るみたいな強烈な熱量を感じられるのがフランケンの凄いところ。他の3人のキャストはまだそこまで出し切れていない気がしたので、公演を重ねながら高めていってくれるといいなと思います。

 

 

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全体的に訳詞はうまく内容をカバーして音に乗せていたと思うし、追加・変更された台詞はまぁ野暮だなーと思うところも多々あったけど、日本人向けという意味で納得できる改変だった。ただ《傷》の件があるばっかりに、なかなか好きだと言い切れない日本版フランケンなのですが、好きなところもあるのは事実なので、このカンパニーを見守りたいなって気持ちです。といってももう東京公演は観ませんが。とりあえず初日を観て、名古屋の柿澤×加藤の千秋楽は確保しました。

 

この日は韓国カンパニーの皆様がご来場していて、カーテンコールでは板垣さんよりイ・ソンジュンさんとワン・ヨンボムさんの紹介もありました。キャストで来られてたのは、ウンテさん・ジュンサンさん・シハさん・ジヨンさん、そしてウヒョクくん!!ウヒョクくんは夏以来消息不明だったので(こないだジヨンさんのインスタに登場してたけど)もう、久しぶりにお顔を見れたのが嬉しくて嬉しくて、相変わらずかわいすぎて泣けた。フランケン愛が大爆発して大変な一日でした…